大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和43年(わ)824号 判決

被告人 平田智

昭一八・一〇・一生 家業手伝い

八元正生

昭二二・二・三生 団体職員

主文

被告人両名をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に処する。

被告人両名において、右各罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、昭和四三年六月七日神戸市生田区内で行なわれた兵庫県学生自治会連合会主催の「反戦、反安保、沖繩奪還、処分撤回」を目的とする「兵庫県学連統一行動」に伴なう集団示威行進に学生ら約二〇〇名とともに参加したものであるが、右集団示威行進については、所轄生田警察署長がその道路使用許可条件の一つとして「行進は秩序正しく行ない、だ行進、うず巻行進、ことさらに道路に広がつたままの行進、ことさらなおそ足行進、ことさらなかけ足行進、または理由なく停止したり、路上にすわり込むなど一般交通の妨害となるような行為をしないこと。」という条件を付したにもかかわらず、被告人両名は、右集団示威行進を行なうにあたり、終始その先頭行進てい団員約一四〇名の先頭部列外に位置したうえ、右てい団員約一四〇名と共謀し、

一、同日午後五時五四分頃から約二分間余にわたり、同区三宮町三〇番地東亜ビル西北角交差点内から同区西町四四番地日本生命神戸支社西北角交差点前までの距離約一〇〇メートルの間の道路上において、道路幅約一二メートルの約二分の一ないし三分の二の振幅にわたるだ行進を行ない、

二、同日午後五時五八分頃から約一分間余にわたり、前記日本生命神戸支社西北角交差点内において、道路上一杯にわたり一回左旋回し、さらに道路上の約二分の一にわたり一回右旋回するだ行進を行ない、

もつて、所轄生田警察署長が付した前記道路使用許可条件に違反し、一般交通に著しい影響を及ぼすような集団示威行進をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為はいずれも包括して刑法六〇条、道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項、一項四号、兵庫県道路交通法施行細則(昭和三五年一二月一九日公安委員会規則第一一号)一一条三号に該当するところ、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金五、〇〇〇円に処し、被告人両名において右各罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(本件公訴事実中無罪部分の判断)

第一、本件公訴事実における検察官の主張の要旨(但し、有罪認定部分は除く。)

検察官は、前記罪となるべき事実記載の冒頭事実に加え、被告人両名は、

一(一)、共謀のうえ、先頭行進てい団員約一四〇名とともに、昭和四三年六月七日午後五時二八分頃から約一分間にわたり、神戸市生田区加納町六丁目七番地通称花時計北側から同区三宮町一丁目四四番地生田警察署南側に至る距離約一〇〇メートルの間の道路上において、道路幅約一三メートルのうち約七メートルにわたるだ行進を行なつた際、被告人両名において、笛を吹き、先頭列員が横に構えた竹竿を手で握り、これを左右に引つ張るなどして右だ行進を行なわしめ、もつて、兵庫県公安委員会の付した前記許可条件に違反する集団示威行進を指導し

(二)、右約一四〇名と共謀のうえ、前記日時場所において、右だ行進を行ない、もつて、所轄生田警察署長の付した前記道路使用許可条件に違反する行為をなし

二(一)、共謀のうえ、右約一四〇名とともに、同日午後五時三一分頃から約一分間にわたり、同区三宮町一丁目四三番地三神ビル南側から同町一丁目四二番地の一大和証券神戸支店西南角交差点に至る距離約五〇メートルの間の道路上において、ことさらに道路幅約一七メートルの三分の二にわたり広がつたままで、かけ足行進を行なつた際、被告人両名において、笛を長く吹き、列員に対面して両手を上げて二、三回横に広げ道路に広がるよう合図した後、その先頭をきつてかけ足で列員を誘導し、もつて、兵庫県公安委員会の付した前記許可条件に違反する集団示威行進を指導し

(二)、右約一四〇名と共謀のうえ、前記日時場所において、右ことさらに広がつたままのかけ足行進を行ない、もつて、所轄生田警察署長の付した前記道路使用許可条件に違反する行為をなし

三(一)、共謀のうえ、右約一四〇名とともに、同日午後五時三三分頃、前記大和証券神戸支店西北角交差点内の距離約一五メートルの間の道路上において、道路幅約一五メートルの一杯にわたるだ行進を行なつた際、被告人平田において、笛を吹き、先頭列員に対面してその列員の体を両手で持ち、被告人八元において、笛を吹き、先頭列員が横に構えた竹竿を後手で握り、これを引つ張つて右だ行進を行なわしめ、もつて、兵庫県公安委員会の付した前記許可条件に違反する集団示威行進を指導し

(二)、右約一四〇名と共謀のうえ、前記日時場所において、右だ行進を行ない、もつて、所轄生田警察署長の付した前記道路使用許可条件に違反する行為をなし

四(一)、共謀のうえ、同日午後五時三七分頃、同区北長狭通一丁目高架四〇号生田警察署生田前派出所前交差点の距離約二二メートルの間の道路上において、道路幅約一五メートルの三分の二にわたるだ行進を行なつた際、被告人両名とも笛を吹き、被告人平田において列員に対面して両手を前後に振り、被告人八元において、先頭列員が横に構えた竹竿を後手で握り、これを引つ張つて右だ行進を行なわしめ、もつて、兵庫県公安委員会の付した前記許可条件に違反する集団示威行進を指導し

(二)、右約一四〇名と共謀のうえ、前記日時場所において、右だ行進を行ない、もつて、所轄生田警察署長の付した前記道路使用許可条件に違反する行為をなし

五  共謀のうえ、右約一四〇名とともに、同日午後五時五四分頃から約三分間にわたり、同区三宮町三〇番地東亜ビル西北角交差点から同区西町四四番地日本生命神戸支社西北角に至る距離約一〇〇メートルの間の道路上において、道路幅約一二メートルの三分の二にわたるだ行進を行なつた際、被告人両名とも笛を吹き、被告人平田において、先頭列員の前およびその右側を前後に移動しつつ列員に対面して両手を横に振るなどし、被告人八元において、先頭列員が横に構えた竹竿を後手で握り、これを左右に引つ張つて右だ行進を行なわしめ、もつて兵庫県公安委員会の付した前記許可条件に違反する集団示威行進を指導し

六  共謀のうえ、右約一四〇名とともに、同日午後五時五八分頃から約一分間にわたり、前記日本生命神戸支社西北角交差点内において、道路上一杯に大きく左旋回し、さらに右に半転旋回するだ行進を行なつた際、被告人両名において、笛を吹き、先頭列員が横に構えた竹竿を手で握り、これを左右に引つ張つて右だ行進を行なわしめもつて、兵庫県公安委員会の付した前記許可条件に違反する集団示威行進を指導し

たものであるとし、右一ないし四の各(一)、五、六は、いずれも神戸市条例第二一七号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例五条に、同一ないし四の各(二)は、いずれも道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項にそれぞれ該当すると主張する。

第二、本条例違反の点についての無罪理由

一(一)、当裁判所は、審理の結果に徴し、前記公訴事実中一ないし三の各(一)、五、六記載の各事実については、前掲各証拠、(証拠略)を総合して大旨これを認めることができる(但し、前記公訴事実二の(一)記載の事実についてはことさらに広がつたままのかけ足行進は大和証券神戸支店西南角交差点前まででその時間は約三五秒間と認め、同三の(一)記載の事実については距離約一八メートルの間の道路上において道路幅東西(横断歩道の内側)約二七メートルの西側約半分にわたるだ行進と認める。)。

(二)、検察官は、前記公訴事実四の(一)記載の事実を主張し、右主張に副う「先頭行進てい団は生田前派出所前交差点に差しかかるや被告人両名(或いは被告人平田または同八元)の誘導により同交差点内においてだ行進したのを現認した」旨の司法警察員粟田隆晴、同塩田卓雄、同大路吉夫、同桜井暉二、同倉橋孝幸および司法巡査花岡忍、同辻正弘、同桑原重則作成の各現認報告書中の記載並びに本件実況見分調書中の右倉橋孝幸、大路吉夫、粟田隆晴の各指示説明部分が存在するうえ、司法警察員水井四郎(写真番号二三、二四)、同水田巌(写真番号七)および司法巡査花園晴郷(写真番号一七)、同山中正(写真番号九)、同高橋文男(写真番号八)作成の各報告書中には被告人両名が右の交差点内において行進てい団の先頭部列外に位置して、笛を口にくわえ、或いは被告人八元が後手で先頭列員が横に構えた竹竿を振つている写真が存在するものの、本件各報告書中には被告人両名の行進てい団が同交差点においてだ行進をしている状況を撮影した写真は全く存在しないのみならず司法警察職員作成の現認報告書一四通中七通は同交差点におけるだ行進を現認したことの記載のないことが認められる。また、押収してあるソニービデオテープ(昭和四四年押第一〇六号の2)によれば右交差点において右てい団の後尾部列員のみがわずか東西に各一、二回程度、時間にして約三〇秒間だ行進している状況が認められるので、右の状況に反する前記現認報告書の記載は措信できない。そして右の状況から判断すると、全長約二五メートル(司法警察員倉橋孝幸作成の現認報告書の記載によつて認める。)の行進てい団のうち後尾部列員がだ行進をしていることはその列員のみが自発的に行なつたと解する余地があつても、本件における他に被告人両名が右の後尾部列員のだ行進を誘導して指導したことを認めるにたりる証拠はない。

従つて、検察官のこの点に関する右主張は認められない。

二、当裁判所は前項(一の(一))で述べたとおり、前記公訴事実中四の(一)の事実を除き被告人両名がだ行進を誘導して指導した各事実を大旨認めるものであるが、本件においては、本条例の犯罪構成要件が一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすと認められるところのいわゆる具体的危険犯であるところ、被告人両名のだ行進を指導した各行為はいずれも一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすと認められないから、本条例五条、三条の犯罪構成要件に該当しないものと判断するので、以下その理由を述べる。

即ち、憲法二一条の保障する表現の自由は、憲法が国民に対して保障する基本的人権であつて、民主主義社会にあつては種々の基本的人権の中でも特に優れて重要な地位を占めるものとして最も尊重されなければならない。そして、本件のような集団示威行進は、格別に自らの思想・意見等の表現方法をもち難い一般国民にとつてそれが表現の自由の直接かつ有力な一手段であることから、それは集団示威行進の表現形態の自由をも含むとともに、その権利行使にあたつては、右に述べた表現の自由の性格からして、他人の権利を不当に侵害するなど公共の福祉に反することのない限りは、最大限の尊重が払われなければならず、また、それに対する規制も必要かつ最少限度のものにとどまらなければならない。

そして、本条例が道路その他公共の場所での集団的行動を規制する趣旨目的は、本条例一条、三条、四条の規定の内容に照らして判断すれば、それは公共の安寧秩序を保持し、一般公衆の生命身体、自由または財産を保護することにあると解されるうえ、兵庫県公安委員会は、「公共の安寧秩序を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」でない限りは集団示威行進等を許可しなければならず、また、同委員会がその判断によつて具体的な許可条件を付与することができるといつても恣意的になし得るのではなく、本条例三条一項但し書各号に定める事項の範囲内でなし得るに過ぎず、しかも、同但し書は「必要な条件をつけることができる」と規定するのみで、如何なる場合に必要と認めて許可条件を付与できるかについて基準を明示してはいないけれども、許可条件を付与するということが、本条例の目的の範囲を逸脱することが許されず、かつそれが行政行為の附款(負担)として集団的行動の許可に付随し、その一般的な効果を制限し、これに特別の作為不作為等の義務を命ずものであることから考えれば、付与の許される許可条件は、本条例三条一項本文の「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」にその事態を回避するための必要かつ最少限度のものでなければならないと解すべきは当然である。

してみると、本件のだ行進など交通の妨害となる行為をしないことという許可条件によつて禁止される行為とは、集団的行動を行なう際に、公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすようなだ行進のみを指称すると厳格に解すべきであり、指導者というのも、右の意味でのだ行進の指導者に限つて本条例五条、三条の処罰規定の適用があると解すべきである。

検察官は、本条例条件違反罪は具体的危険の発生の必要でない抽象的危険犯であつて、危険の有無については一般的抽象的に判断すれば足りると主張するが、右に述べたとおり、表現の自由の性質、本条例の趣旨目的および本条例の許可、許可条件の性格等に鑑みれば、本条例の条件違反罪は具体的危険の発生即ち実害の現実的発生は必要でなくとも法益侵害の可能性を必要とする具体的危険犯と解するのが相当であつて、本条例の保護法益とする一般公衆の生命身体自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすか否かは、当該集団的行動の目的、日時、場所、規模、態様等諸般の事情を具体的に考慮して判断するべきであり、一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼさない限りは本条例五条、三条の犯罪構成要件に該当しないといわざるをえない。

三、そこで、右の見地に立つて、被告人のだ行進を指導した各行為が一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすようなものと認められるか否かについて、以下順次個別的に検討す。

(一)、前認定の公訴事実一の(一)記載の事実について。

右事実につき、さらに前掲証拠(第二の一の(一)に掲記、以下その意)を検討すると、被告人両名は、神戸市議会議事堂前における集会に引き続き、約一四〇名の行進てい団員とともに四列縦隊で幅員約一三・五メートルの道路の約七メートルにわたる振幅のだ行進を距離約一〇〇メートル、時間にして約一分間にわたつて行なつたが、そのジグザグ回数は四、五回、反対車線に進出したのは一、二回で、その間右行進てい団は指揮者の統制を離れて無秩序に陥るようなことはなく生田警察署南西角交差点手前で信号および警察官の指示に従い停止したことが認められる。しかも神戸市役所北側の通称花時計前交差点では警察官が西行車両の通行を規制して他に迂回させ、東行車両の通行については、一時的に徐行を余儀なくされたものがあるもののその安全が特に脅かされたとは認められず、また、付近歩道上には一般通行人もさほど認められないことからすると、右だ行進によつて一般車両の交通に多少の影響はあつたものの、一般交通の安全を脅かすなどして一般公衆に危険あるいは危害が及ぶおそれのある事態が生じたとは認められない。

してみると、さきに認定した本件集団示威行進の目的、日時、場所、規模、態様等に照らし、右だ行進によつて公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすおそれがあつたとは認められない。

(二)、前認定の公訴事実二の(一)記載の事実について。

右事実につき、さらに前掲証拠を検討すると、被告人両名は、前記約一四〇名の行進てい団員とともに両手をのばし、六列縦隊かけ足で幅員約一七、五メートルの道路の約三分の二に広がつたいわゆるフランス式デモ行進を大和証券神戸支店南西角交差点手前までの距離約五〇メートル、時間にして約三五秒間にわたつて行なつたが、その間右行進てい団が指揮者の統制を離れて無秩序に陥るようなことはなく、むしろ同交差点に差しかかるや指揮者の誘導で四列縦隊に復していることが認められる。しかも、同交差点および三神ビル南東角交差点では警察官が事前に交通規制を行ない、同所を通行する一般車両をそれぞれ迂回させるなどの交通規制をし、また、右かけ足のフランス式デモ行進の間にも北側車道上を三台位の東行車両が一時徐行しながらも現実に通行していたことが認められる。そうして右車両もその安全が特に脅かされたとは認められず、また、付近歩道上には一般通行人もさほど認められないことからすると、右かけ足のフランス式デモ行進によつて一般車両の交通に多少の影響があつたものの、一般交通の安全を脅かすなどして一般公衆に危険あるいは危害が及ぶおそれのある事態が生じたとは認められない。

してみると、この場合も、さきに認定した本件集団示威行進の目的、日時、場所、規模、態様等に照らし、右デモ行進によつて公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすおそれがあつたとは認められない。

(三)、前認定の公訴事実三の(一)記載の事実について。

右事実につき、さらに前掲証拠を検討すると、被告人両名は、前記約一四〇名の行進てい団員とともに四列縦隊で東西の幅員(横断歩道の内側)約二七メートルの交差点内で、その西側約半分にわたるだ行進を距離約一八メートル、時間にして約一分足らずの間にわたつて行なつたが、そのジグザグの程度は西側に一回、東側に一回屈曲する程度のものであつて、右交差点内には信号に従つて進入し、またそのだ行進の間右行進てい団は指揮者の統制を離れて無秩序に陥いるようなことはなく、間もなく正常に復したことが認められる。しかも右だ行進の間、右交差点内西側には東行のライトバン自動車一台が信号待ちのため停車していたことが認められるが、右だ行進がそれに接触するなどして危険を与えたとは認められず、また、右交差点付近には信号待ちの市電一台、一般車両一〇数台および横断歩道上または付近歩道上の一般通行人もかなり認められるが、右だ行進がそれらを巻き込んだりするなどして危険を与えたとは認められないことからすると、右だ行進によつて一般車両の交通に多少の影響があつたものの、一般交通の安全を脅かすなどして一般公衆に危険あるいは危害が及ぶおそれのある事態が生じたとは認められない。

してみると、この場合も、さきに認定した本件集団示威行進の目的、日時、場所、規模、態様等に照らし、右だ行進によつて公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命・身体・自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすおそれがあつたとは認められない。

(四)、前認定の公訴事実五の(一)記載の事実について。

右事実につき、さらに前掲証拠を検討すると、被告人両名は、前記約一四〇名の行進てい団員とともに四列縦隊で幅員約一二メートルの道路の約二分の一ないし三分の二にわたる振幅のだ行進を距離約一〇〇メートル、時間にして約二分間余にわたつて行なつたが、そのだ行進が中央線を一、二回越えたもののそれ以上に指揮者の統制を離れて無秩序に陥るようなことはなく、東亜ビル西北角交差点を信号に従い出発した右だ行進は日本生命神戸支社西北角交差点手前で信号に従い停止したことが認められる。しかも右だ行進の間、被告人ら行進てい団の西側道路上には機動隊が併進しながら警戒に当り、右てい団もことさら歩道に進入したようなことは認められない。従つて、右だ行進のために鯉川筋を南下する一般車両は全く通行不能となり、北上する一般車両は約一〇〇メートルにわたつて徐行を余儀なくされるなど、一般車両の交通は著しく影響を受けたことが認められる(但し、野瀬田隆次の司法警察員に対する供述調書における同人の「鯉川筋を北上するのに七、八分待たされた」旨の供述は、右だ行進の時間が約二分間余であることから措信できない。)ものの、一般交通の安全を脅かすなどして一般公衆に危険あるいは危害が及ぶおそれのある事態が生じたとは認められない。

してみると、さきに認定した本件集団示威行進の目的、日時、場所、規模、態様等に照らし、右だ行進によつて公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命、身体、自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすおそれがあつたとは認められない。

(五)、前認定の公訴事実六の(一)記載の事実について。

右事実につき、さらに前掲証拠を検討すると、被告人両名は、前項(四)記載のだ行進に引き続き、日本生命神戸支社西北角交差点でしばらく信号待ちした後、前記約一四〇名の行進てい団員とともに四列縦隊で右交差点(同交差点は、ほぼ南北に通じる歩車道の区別のある道路に東北方および東方からそれぞれ通じて来た二つの歩車道の区別のある道路が同じ地点で交差する形状にあり、同交差点の南側、北側、東側、にそれぞれ横断歩道が設けられているほか中央部にも東西の横断歩道が設けられ、その広さは東西約三四メートル、南北約四五メートルである。)内において大きな左旋回および半転右旋回を各一回するだ行進を時間にして約一分間余行なつたが、その間右だ行進が歩道に進入したり、横断歩道を横断中の一般通行人(もつとも、その間横断者はさほど認められない。)を巻き込んだりしたことはなく、また、右交差点手前までは一般車両も、北からの南行車両は全く通行不可能となり、東からの南行(市電を含む)および北行車両が数台一時停車させられ、南からの北行および東行車両が一〇数台停車させられるなど右交差点付近が日常交通量の多いところだけに右だ行進によつて著しく一般交通が影響を受けたことが認められる(但し、司法警察員村上良三および司法巡査津山重憲作成の現認報告書中の「右交差点内で車両が相当停滞した」旨の各記載は前掲ソニービデオテープおよび司法警察員田中定男作成の報告書に対比して措信できない。)ものの、右だ行進も右交差点内に待機していた機動隊にすぐ規制されたため特にそれ以上一般交通の安全を脅かすなどして一般公衆に危険あるいは危害が及ぶおそれのある事態が生じたとは認められない。

してみると、さきに認定した本件集団示威行進の目的、日時、場所、規模、態様等に照らし、右だ行進によつて公共の安寧秩序を害し、一般公衆の生命、身体、自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすおそれがあつたとは認められない。

四、以上のとおりであるから、被告人両名の本件だ行進およびかけ足のフランス式デモ形態の集団示威行進を指導した各行為はいずれも一般公衆の生命、身体、自由または財産に対して直接かつ明白な危険を及ぼすとは認められず、従つて、本条例五条、三条の犯罪構成要件に該当しないものであるから、結局、いずれの訴因についても犯罪の証明がないことになるが、右は判示一、二の各道路交通法違反の罪と一罪として起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

第三、道路交通法違反の点についての無罪理由

一(一)、当裁判所は、審理の結果に徴し、前記公訴事実中一ないし三の(二)各記載の各事実については前掲証拠を総合して大旨これを認めることができる。

(二)、検察官は、前記公訴事実四の(二)記載の事実を主張するが、しかし既述(第二の一の(二))のとおり被告人両名の全長約二五メートルの行進てい団のうち後尾部列員がだ行進をした事実は認められるが被告人両名を含む先頭部列員がだ行進をした事実は認められないのであるから、右の事実からすれば右だ行進は後尾部列員のみが共謀のうえ行なつたと解する余地があつても、被告人両名が右後尾部列員と意思を通じたことを認めるにたりる証拠もないので被告人両名が右後尾部列員と共謀して右だ行進を行なつたとは認められない。

従つて、検察官のこの点に関する右主張は認められない。

二、当裁判所は、前項(一の(一))で述べたとおり、前記公訴事実中一ないし三の各(二)記載の各事実につき被告人両名が約一四〇名の行進てい団員と共謀のうえ、だ行進をした各事実はこれを大旨認めるものであるが、本件においては、結局、被告人両名の各行為は道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項、一項四号、兵庫県道路交通法施行細則一一条三号の犯罪構成要件に該当しないものと判断するので、以下その理由を述べる。

即ち、道路交通法七七条はいわゆる道路の特別使用の場合の所轄警察署長の許可、許可条件付与等について規定したものであるが、許可については、同条一項一号ないし三号において許可を要する具体的、個別的な行為をそれぞれ掲げ、四号において「前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーシヨンをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとする者」も右許可を受けなければならないと定め、右四号の委任を受けた兵庫県道路交通法施行細則一一条は、その三号において「道路において、競技会、仮装行列、提灯行列、旗行列、音楽行進、パレード、集団による行進(学生生徒等の遠足、修学旅行の隊列または通常の冠婚葬祭等のための行進を除く。)等をすることは許可を要する」旨を定めているのであるが、右の規定によつて公安委員会が所轄警察署長の要許可事項として規制し得るものは、その土地の道路または交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るために必要があると認めるものすべてを要許可事項と規定し得るのではなく、右の必要とともに、その道路の特別使用そのものが一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為と認められるものに限定される(道路交通法七七条一項四号の明文の内容および単に「道路において公安委員会の定める行為をしようとする者は警察署長の許可を受けなければならない」と規定されるに過ぎなかつた旧道路交通取締法(昭和二二年一一月八日法律一三〇号)二六条一項四号が現行道路交通法七七条一項四号のように改正された経過、趣旨に照らし合わせても右のとおり限定されることは明らかである。)べきものであるから右の規定によつて要許可事項とされるものは「道路において、一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法による集団による行進等」のみを指称すると厳格に解すべきであり、従つて、同法七七条三項に定めた危険防止その他交通安全と円滑を図るため右許可に行政処分の附款(負担)として付与される道路使用許可条件も、道路において当該集団による行進等により一般交通に著しい危険その他交通の安全と円滑を妨げるような影響の及ぶおそれの認められる場合にその事態を回避するために必要かつ最少限度の範囲で付与されなければならない。

そこで、右施行細則一一条三号にいう集団による行進の一般交通に及ぼす影響について検討するに、集団による行進ということ自体極めて概括的な概念であつて、集団による行進もその目的、規模、態様、方法等によつて種々の行為類型が考えられ、それぞれによつてその集団による行進が一般交通に及ぼす影響も異なるものと解される。従つて、当該集団が、果して一般交通に著しい影響を及ぼすか否かは、当該集団の目的、規模、態様、方法等を具体的に検討したうえで判断するべきといわざるを得ないのであるが、ことその集団による行進が本件のような集団示威行進である場合には、前述のとおり、表現の自由が憲法の一般国民に対して保障した基本的人権の中でも特に優れた地位を占めるところ、本件集団示威行進はその表現の自由の一形態であること、元来、道路交通法は一般交通の安全と円滑を図るという目的から一般交通の安全と円滑に危険を及ぼすようなものを規制対象とするのであり、集団的行動を直接規制の対象とする本条例に対して異質なものであるとしても、実際の運用面では、道路における集団的行動に対して本条例と同じような規制の機能を果していることを考慮するならば、本件集団示威行進の一般交通に及ぼす著しい影響とは、一般交通の安全と円滑の保持に現在かつ明白な危険を及ぼすような著しい影響と厳格に解すべきである。

三、そこで、被告人両名のだ行進をした本件各集団示威行進の目的、日時、場所、規模、態様等は、いずれも前述(第二の三)したとおりであるが、右の見地に立つて、その各集団示威行進が、道路および交通の状況を考慮したうえ果して一般交通に著しい影響を及ぼすようなものであつたか否かについて、以下順次個別的に検討する。

(一)、前認定の公訴事実一の(二)記載の事実について。

右の事実につき、さらに検討するに、前掲証拠中の本件実況見分調書によれば本件道路は歩道と区別された幅員約一三・五メートルの道路であつて、右実況見分時である昭和四三年六月一三日午後三時二八分から三八分までの一〇分間における東行車両七〇台、西行一二五台と認められるものの、さきに前記第二の三の(一)で認定したとおり本件だ行進の時間は僅か一分間位であるうえ、神戸市役所北側通称花時計前交差点では警察官が西行車両の通行を規制して他に迂回させていたためその通行はなく(交通規制は祭礼行事等においても行なわれるところであることは一般通念上明らかである。)、東行車両は一時徐行を余儀なくされたものがあるものの通行できたのであつて、右だ行進をしなかつた場合に比して格別の交通阻害があつたとは認められない(岡本英次の司法警察員に対する供述調書によれば同人はさして妨害されなかつた旨述べている。)。また、一般通行人の交通については、それが特に阻害されたとも認められない。

してみると、本件だ行進によつて多少の交通の支障があつたものの、前述のとおり、集団示威行進の一般交通に及ぼす著しい影響は厳格に解されるべきであることから判断すると、本件だ行進によるも、いまだ一般交通に著しい影響を及ぼすようなものは認められないというべきである。

(二)、前認定の公訴事実二の(二)記載の事実について。

右の事実につき、さらに検討するに、前掲証拠中の本件実況見分調書によれば、本件道路は歩道と区別された幅員約一七・五メートルの道路であつて、右実況見分時である前同日午後三時四五分から五五分までの一〇分間における東行車両八四台、西行車両一一五台と認められるものの、さきに前記第二の三の(二)で認定したとおり本件かけ足のフランス式デモ行進の時間は僅か三五秒間位であつたうえ、三神ビル南東角交差点および大和証券南西角交差点では警察官が事前に交通規制を行ない、同所を通行する一般車両をそれぞれ迂回させていたし、右かけ足のフランス式デモ行進の間に北側車道上を三台位の東行車両が一時徐行を余儀なくされながらも現実に通行していたうえ、前掲ソニービデオテープによれば北側車道上には被告人ら行進てい団員とは認められない者も多数随伴していることが認められるのであるから、右徐行は必ずしも右かけ足のフランス式デモ行進のみに起因するとは即断できない(司法警察員前田治夫および司法巡査村田定範作成の現認報告書中の「東行、西行車両とも相当に停滞した」旨の各記載は前掲ソニービデオテープおよび前掲司法警察員倉橋孝幸作成の現認報告書中の「三神ビル南東角交差点および大和証券神戸支店南西角交差点では警察官が事前に交通規制をして迂回させていた」旨の記載に対比して措信できない。)。また、一般通行人の交通については、それが特に阻害されたとも認められない。

してみると、この場合も、本件かけ足のフランス式デモ行進によつて多少の交通の支障があつたものの、前述のとおり、集団示威行進の一般交通に及ぼす著しい影響は厳格に解されるべきであることから判断すると、本件かけ足のフランス式デモ行進によるも、いまだ一般交通に著しい影響を及ぼすようなものは認められないというべきである。

(三)、前認定の公訴事実三の(二)記載の事実について。

右の事実について、さらに検討するに、さきに前記第二の三の(三)で認定したとおり本件だ行進の行なわれた道路は横断歩道で囲まれた東西約二七メートル、南北約一八メートル(いずれも横断歩道の内側)の交差点内の西側約半分の道路であるところ、前掲証拠中の本件実況見分調書によれば右交差点の歩道と区別された幅員約一八メートルの東西車道には市電軌道が四本敷設され、南北道路のうち右交差点から南側の歩道と区別された幅員約一八メートルの車道には幅員約一一メートルの仮設住宅が建てられており(従つて、東西の走行できる部分は幅員約七メートルである。)、北側の歩車道の区別のない幅員約一三メートルの道路は本件当日には北行が通行禁止になつており(司法警察員牛頭公正作成の報告書中写真番号五ないし九の写真によれば進入禁止の道路標識が認められる。)、その西側は駐車場になつていて、右実況見分時である前同日午後四時一六分から二六分までの一〇分間における東行車両一六〇台(うち市電四台)、東行通行人八七名、西行車両一四二台(うち市電三台)、西行通行人九一名、南行車両三九台、北行車両三九台(但し、前述のとおり、本件集団示威行進当時は北行車両は通行禁止になつていたことが認められる。)と認められるものの、本件だ行進の時間は僅か五〇秒間位であつたことが認められるうえ、前掲証拠中のソニービデオテープ並びに司法警察員牛頭公正(写真番号五ないし九)および司法巡査山中正(写真番号七、八)作成の報告書によれば被告人らの行進てい団は信号に従つて交差点内に進入し、そのだ行進の間に一回信号が変つたことが認められるが右だ行進開始約三〇秒後には西行車両が、約五〇秒後には東行車両が通行し始めたこと、南行車両も三台ほど徐行を余儀なくされたもののすぐ進行したこと、警察官が交通整理にあたつていたことが認められる。しかも、一般通行人の交通については、それが特に阻害されたとも認められない。

してみると、本件だ行進によつて多少の交通の支障があつたものの、前述のとおり、集団示威行進の一般交通に及ぼす著しい影響は厳格に解されるべきであることから判断すると、本件だ行進によるも、いまだ一般交通に著しい影響を及ぼすようなものは認められないというべきである。

四、以上のとおりであるから、被告人両名の本件条件に違反した前記公訴事実一ないし三の各(二)記載の各行為はいずれも一般交通に著しい影響を及ぼすようなものとは認められず、従つて、道路交通法一一九条一項一三号、七七条三項、一項四号、兵庫県道路交通法施行細則一一条三号の犯罪構成要件に該当しないものであるから、結局、いずれの訴因についても犯罪の証明がないことになるが、右は判示一、二の各道路交通法違反の罪と一罪として起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡はしない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件について種々法律上の主張をしているのであるが、その趣旨とするところは概ね以下のとおりと考えられるので順次当裁判所の判断を示すこととする。

(一)、神戸市条例二一七号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下本条例という)は、集会、集団行進および集団示威運動(以下集団的行動という)を事前規制の対象とし、実質的にも届出制ではなく許可制をとるものであつて憲法二一条の保障する表現の自由を不当に侵害するものであるから同条に違反して無効であるとの主張について。

弁護人主張のように、被告人らの本件各行為は、被告人らが自己の思想を主体的に表明する手段としてとつた集団的行動の一つであることが認められ、それはまさしく憲法二一条の保障する表現の自由行使の一形態であると解すべきであつて、その表現の自由は憲法が国民に保障する基本的人権の中でも特に優れて重要な地位を占めるものとして最も尊重されなければならないものである。しかしながら、表現の自由といえども絶対的なものでなく、その権利行使にあたつては他人の権利を不当に侵害してはならず常に公共の福祉との調和が保たれなければならない(憲法一二条一三条)のであり、特に表現の自由行使の一形態である集団的行動の場合には他人の権利と関連するところが多いことから、相互の衝突を調整するために、事前に集団的行動に規制を加えること(勿論、右のとおり、表現の自由は基本的人権の中でも特に優れて重要なものであるから、規制するにしても、それは必要かつ最少限度にとどめるべきは当然である。)はやむを得ないことと解される。

ところで、本条例の場合には、本条例の内容、体裁、文言等は昭和二五年東京都条例第四四号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」のそれと殆ど同様であるところ、右都条例については、それが事前に東京都公安委員会の許可を得ることを求めているからといつて、そのために憲法二一条に違反するものではないとする最高裁判所大法廷の判断(昭和三五年七月二〇日判決刑集一四巻九号一二四三頁)がある以上、当裁判所としては、現行裁判制度が審級制度を採用して法的安定性の確保を図つていることに鑑み、その後右判決と異なる判断をしなければならない新たな特段の事情も認められないので、右判決の趣旨を尊重すべきものと考え、右最高裁判所の判断に従うこととする。よつてこの点に関する弁護人の右主張は採用しない。

(二)、本条例の許可および条件付与の処分は兵庫県公安委員会でなく兵庫県警察が行なつているのが運用の実態であるところ、右公安委員会の権限委任に法的根拠がないから憲法三一条に違反し、また、右の運用手続は取締目的のもとに行われるから憲法二一条に違反して無効であるとの主張について。

本条例の運用については、本条例八条の委任を受けて、「集会集団行進及び集団示威運動に関する条例の事務取扱規程」(昭和三六年兵庫県公安委員会訓令三号)三条に「兵庫県警察本部長及び公安条例の施行地を管轄する警察署長は集会、集団行進及び集団示威運動の許可(必要な条件をつけ、又は条件を変更することを含む)を公安委員会の名において代行することができる」旨規定しているところ、警察法三八条三項によれば兵庫県公安委員会は兵庫県警察を管理し、同法四四条によれば兵庫県公安委員会の庶務は兵庫県警察本部において処理し、同法四五条によれば警察法に定めるもののほか、兵庫県公安委員会の運営に関し必要な事項は兵庫県公安委員会が定めるものと規定されているのであるから、右のような兵庫県公安委員会の権限および兵庫県公安委員会と兵庫県警察本部との関係に照らし考えたうえ、さらに、本条例が公安委員会に集団的行動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合のほかは許可を義務づけ(本条例三条一項)ていること、および後述((三))するとおり本条例三条一項但し書各号の条件(但し、六号は許可不許可の判断事項そのものであつて条件ではないが)が表現の自由を侵害するとはみられない程度のものであると解されることに鑑みれば、兵庫県公安委員会が、右事務取扱規程三条のような内部規定をもうけて、公安委員会の権限に属する事務の一部をその責任において警察本部長および警察署長に処理させることは、それが表現の自由を不当に侵害しないために集団的行動の許可等の権限を中立機関である公安委員会に委ねた趣旨に反しない限り、許されるものである。

ただ、本条例八条が、果して右事務取扱規程三条にあるような本条例三条一項但し書六号に規定するいわゆる変更許可や同条三項の許可条件の変更などの重要な事項についてまで取締り機関たる警察が行ない得るとすることを許したかは疑問の余地があるのであるが、本件許可条件の場合は、本条例三条一項但し書三号の交通秩序維持に関し付与された単純かつ定型的なものであることを考えれば、所轄生田警察署長に代行を認めたからといつて、直ちに本条例の運用が憲法三一条および二一条に違反し無効であるとは速断できない。従つて、弁護人の右主張は採用しない。

(三)、本条例上、許可条件の付与基準は不明確であるから付与される条件如何によつては表現の自由を事前に抑圧することになり、憲法二一条に違反し、またそれがため運用上許可条件の内容が取締目的のために設定されるから本条例の趣旨目的を逸脱し憲法三一条に違反するとの主張について。

本条例三条一項は「公安委員会は、前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。但し、次の各号に関し必要な条件をつけることができる。」と規定し、各号として「(1)官公庁の事務妨害防止に関すること。(2)じゆう器、きよう器その他の危険物携帯の制限等危害防止に関すること。(3)交通秩序維持に関すること。(4)集会、集団行進又は集団示威運動、秩序維持に関すること。(5)夜間の静ひつ保持に関すること。(6)公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関すること。」を掲げている。

つまり本条例は公安委員会に、公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合以外には、集団的行動を許可しなければならないことを義務づけているのである(これがいわゆる許否の基準である)が、同時に公安委員会に具体的な許可条件を付与する権限を委ね、本条例自体には具体的な許可条件を規定していない。しかし、あらゆる集団的行動に対して適用できる画一的な具体的許可条件を予め想定し、それを条例に網羅的に定めて一律に規定することは(望ましいことではあるが)立法技術上極めて困難であるのみならず、却つて当該届出にかかる集団の場所的、人的特性に適応する措置に欠ける虞があるものとも解され、むしろ、その許可にあたる公安委員会がその許可の都度当該集団の特性に照らして随時具体的、適切な条件を付することにした方が合理的であり、かつその規制を必要かつ最少限度に絞ることが可能になると解され、しかも、公安委員会がその判断によつて具体的条件を付与することができるといつても恣意的になし得るのではなく、本条例三条一項但し書各号に定める事項の範囲でなし得るに過ぎないのである(なお、右但し書各号の条件について考えてみるに、六号は条件ではなく、集団的行動の許可申請について一部不許可とするところの許可不許可の判断事項そのものであるから、条件として問題とされる余地はなく、一号ないし五号は集団的行動の自由がその具体的な行使の態様の面において、公共の安寧を保持するための調整を受けなければならない事項を類型的に掲げているものであつて、集団的行動の表現しようとする思想意見自体に関して何らかの規制を加えようとしているものではないことは明らかであり、またこれらの事項が集団的行動の調整の基準としてその範囲の程度を著しく越えているとは認められない。)。

次に、本条例三条一項但し書は「必要な条件をつけることができる」と規定するのみで、如何なる場合に必要と認めて条件を付与できるかについて基準を明示していないけれども、条件を付与するということが、本条例の目的の範囲を逸脱することが許されず、かつ、それが集団的行動の許可に付随し、その一般的な効果を制限し、これに特別の作為不作為等の義務を命ずるものであることから考えれば、付与の許される条件は、本条例三条一項本文の「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合にその事態を回避するための必要かつ最少限度のもの」でなければならないと解すべきは当然である。従つて、本件許可条件は本条例の公共の安寧の保持という目的を逸脱するものではなく、また、その付与基準も不明確とはいえないのであるから、弁護人のこの点に関する憲法二一条および三一条違反の主張は採用しない。

(四)、本条例の罰則規定は犯罪構成要件が極めて抽象的で不明確ないわゆる白地刑罰法規であり、また、許可条件の内容が告示若しくは公示されていないから憲法三一条に違反するとの主張について。

本件で右主張と関係するのは、本条例五条中「第三条一項但し書の規定による条件に違反して行なわれた集会、集団行進または集団示威運動の主催者、指導者または煽動者は、これを一年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円以下の罰金に処する。」との部分であるが、既に述べたとおり、同三条一項但し書によれば条件を付し得る事項が相当具体的に規定されていてその内容、範囲が予め限定されているから単純な白地刑罰法規とは異なり、また、既に述べてきたように、付与される条件も公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合に必要かつ最少限度の範囲においてのみ許されるものであるからその事項の内容はおのずから特定的、具体的に限定されたものといえる。しかも、前もつて本条例自体の中にあらゆる集団的行動に適用されるような条件を想定して規定しておくことは困難であるうえ、かえつて、前項で述べたとおり、公安委員会が許可の都度当該集団の特性に照らして随時具体的、適切な条件を付することにした方が合理的であり、かつその規制を必要最少限の範囲に絞ることが可能となるし、また弁護人主張のように許可条件の内容が一般に公告あるいは公示されてはいないが集団的行動が行なわれる前に許可条件が提示されることによつて、具体的な犯罪構成要件が補充され、その付与された条件の具体的な禁止の内容を知り得るうえ、本条例五条に規定される集会、集団行進、集団示威運動、主催者、指導者および煽動者という概念も不明確とはいえないから、公安委員会が、当該集団の性格、規模、日時、場所等を具体的に検討判断して許可条件を付与するとしても、それは憲法三一条に違反するまでの違法はないと解される。よつて弁護人の右主張は採用しない。

(五)、本条件の許可条件のだ行進、うず巻行進、ことさらに道路に広がつたままの行進、ことさらなおそ足行進、ことさらなかけ足行進等の概念は不明確であり、犯罪構成要件として不当であるから憲法三一条に違反するとの主張について。

弁護人の右主張と関係するのは、許可条件三項「行進は秩序正しく行ない、だ行進、うず巻き行進、ことさらに道路に広がつたままの行進、ことさらなおそ足行進、ことさらなかけ足行進、または理由なく停止したり、路上にすわり込むなど一般交通の妨害となるような行為をしないこと。」との部分であるが、「だ行進」とはZまたはZ字形に左右に振幅しながら行進すること、「うず巻き行進」とは円形をなしながら行進すること、「ことさら」とは正当の理由なくわざとすること、「おそ足行進」とはゆつくりした歩調で行進すること、「かけ足行進」とは両足が同時に地面から離れる状態で急速な歩調で行進することを意味するなど、法律用語としては必ずしも熟したものといえないにしても、犯罪構成要件として不明確であるとはいえないから弁護人の右主張は採用しない。

(六)、本条例は地方自治法二条三項一号の行政事務の範囲に属しないにもかかわらず同号に当るとして制定されたものであるから、結局制定の根拠を欠き憲法三一条に違反するとの主張について。

しかし、憲法九四条によれば「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」と規定され、地方自治法一四条一項によれば「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と規定され、同法二条二項によれば「普通地方公共団体は、その公共事務及び法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体に属するものの外、その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する。」と規定され、同条三項によれば「前項の事務を例示すると、概ね次の通りである。但し法律又はこれに基く政令に特別の定があるときは、この限りでない。」と規定され、同項一号によれば「地方公共の秩序を維持し住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること。」と規定されているのであつて、本条例が同号の行政事務に当ることは明らかであるからその制定の根拠に欠けるところはないというべきである。従つて、弁護人の右主張は採用しない。

(七)、被告人両名らの本件行為は、わが国と全世界とにおける永久平和と民主主義の確立を願い、ベトナム戦争反対、沖繩県返還要求を目的とするものであつて、これはアメリカのベトナム侵略戦争に加担する自由民主党政府に対して抗議するための正当な抵抗権の行使として刑法三五条の法意により超法規的違法阻却事由として違法性を欠くとの主張について。

そこで検討するに、日本国憲法は抵抗権について何らの規定を設けていないのであるが、抵抗権は自然法上の権利であり、日本国憲法が自然法思想による基本的人権をその基本的な本質部分としていることを考慮するならば、およそ国家、地方公共団体の行為が単に日本国憲法の各条法規に違反するだけでなく民主主義の基本的な秩序に対して重大な侵害を及ぼし憲法自体の存在を否認するような場合には、その違法が客観的に違法でありかつもはや憲法等による一切の法的救済手段が全く期待できないならば、国民による抵抗権の行使も憲法上許容されるというべきである。

そこで本件の場合を考えるに、被告人両名らの目的はともかく、本件集団示威行進そのものは表現の自由行使の一形態として当然に認められているので不許可として禁止されたものでもなく、また、右集団示威行進に付せられた本条例および道路交通法七七条三項による各許可条件に何らの違法も存しないことは既に述べたとおりであるから、前段で説示したような抵抗権なるものを認める余地は全くなく、弁護人の抵抗権行使の主張は理由がないといわざるを得ないというべきである。

(八)、集団示威行進は道路本来の使用方法であるから、集団示威行進には道路の本来的でない使用方法の許可について定めた道路交通法七七条の適用はないとの主張について。

しかし、社会通念上、道路上における「集団による行進」は、通常道路上において多勢の人が隊列を組んで併進などしながら短時間内に進行するものであるから、その態様、方法等の次第によつては、道路上における祭礼行事あるいはロケーシヨン等と同様に、一般交通に著しい影響を及ぼすもので、ひいては交通の安全と円滑を脅かす場合もあり得ることを勘案すると、集団示威行進といえども特別使用の許可を定める道路交通法七七条一項四号の適用の対象と解され、従つて同条の適用はあるというべきであるから弁護人のこの点に関する主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例